2001年5月3日(木)
外泊して、ゆっくりして過ごす。
2001年5月4日(金)
久しぶりに家族4人で外出。楽しく過ごした。こうして過ごせることに感謝。
2001年5月8日(火)
胸部CT検査。入院時のCT像と比べてやや悪化しているよう。これは、非小細胞肺癌の治療経過としては仕方ないところだろう。QOLの維持という点では満足すべき経過である。積極的に治療していなければ、今頃は重体に陥っていた可能性も大きい。
2001年5月10日(木)
3クール目(通算5クール目)の化学療法。
2001年5月15日(火)
3週おきの化学治療が5回目となり、かなり体に負担になってきたのか、今回はまだ気分不良が続いている。
入院後、高校の同期生が15人も顔を見せてくれた。そのうち半分は、遠く県外からの見舞いである。うれしい限りである。
2001年5月16日(水)
頸椎の転移部位への放射線療法の開始。
2001年5月17日(木)
大学時代の友人が、わざわざ高知から瀬戸山元一先生の著書「ホントに患者さん中心にしたら病院はこうなった」を届けてくれた。すばらしい内容で一気に読んでしまう。しかしこれは、一患者になってしまった私が読むべき本ではなく、すべての医師そして婦長や事務長など管理的立場の病院スタッフに是非読んでいただきたい本である。さらに、医学生の時にこの本の内容を学ぶ時代になってほしいものだと思う。
2001年5月18日(金)
白血球減少のため、外泊を断念。やはり、化学療法の連続が体に負担になってきたのである。
2001年5月25日(金)
白血球数は未だ増えていないが、抗菌剤を内服しながら外泊。
2001年5月28日(月)
白血球数がやっと増加。
今後の方針について主治医と話す。
家族と過ごす時間を最優先に治療したいので、県外施設でしかできないような治療法を試すつもりはないこと。今後もQOLを最優先にした治療を行っていくことを確認。
放射線療法が終了したら、いったん退院して、しばらく自宅で過ごすことになった。
2001年6月1日(金)
4か月ぶりに退院。退院しての我が家は、外泊とはまた違った喜びがある。
治療効果判定は「不変」で、残念ながら著効は得られなかったが、こうしていったん退院して家族と過ごせることを感謝しよう。
ナイキサン(弱い解熱剤)なしでは微熱(腫瘍熱)が出る状態なので、いずれ悪化することは避けられない。あとは、少しでも癌がおとなしくしていてくれることを祈るばかりだ。