ある末期癌患者の家族への手紙

 先日ご質問のありました平岩正樹医師について調べましたので、お知らせします。
 平岩医師の医療については、6月にNHKが放送し、私も視聴しました。
 先日のテレビ朝日系列のサンデープロジェクトでも取り上げられたため、テレビ局には全国の癌患者から問い合わせが殺到しているそうです。
 数年前に近藤誠医師の「患者よ、がんと闘うな」がベストセラーになりましたが、平岩正樹医師は、それに対し「患者よ、それでもがんと闘おう」という本を出版されています。

 どちらの言い分にも正しい部分はあると思います。
 問題は、どちらも自分の意見が正しいと主張していることです。
 自分の意見が絶対正しいと主張する人は危険な存在です。
 私は、医療においてどの患者さんにもあてはまる常に正しい答えというものはありえないと考えています。
 患者さんの病状や体力のみならず、人生観や社会環境によって、その患者さんにもっとも適した治療方針を考えていくべきであると考えています。

 手術不能と診断された癌に対する化学療法や放射線治療の変遷を見ると、以前より日本でも積極的な治療は行われてきました。
 しかし、それらの治療が治癒をもたらすものではなく、単に生存期間の延長しか得られないものであったため批判を受けました。
 すなわち、生存期間は延長しても、その間患者は入院を余儀なくされ副作用症状にも苦しまれ、家族は「もっと楽な最期を迎えさせてあげられる方法はなかったのか」という想いを抱くことも多かったのです。
 その後は、単に生存期間ではなく、生きている間の「生活の質」を最優先にして治療すべきであるという考え方になっています。

 平岩医師は、有効かもしれない治療があるのに、それを試しもしないで死んでいくのはもったいないじゃないですかと主張されています。
 確かに、治療の有効な症例はありますし、副作用対策も進歩しています。
 何も治療しないで死を迎えるのは嫌だと考える方、がんと闘うこと自体を生きがいにしてそのためにお金をつぎ込んでもよいと考える方は、平岩医師の主張するような積極的治療を受けるべきでしょう。
 ただし、承知しておかなければならないことは、平岩医師の治療を受けても、ほとんどの方は一時的に良くなるだけで治癒は得られず、いずれ再び悪化して死は避けられないということです。
 それを承知した上で、少しでも可能性のある治療は受けたいという方は治療を受けるべきでしょう。
 なぜなら、そういう方は、治療を受けること自体が精神的な拠りどころとなり、残された時間が後悔のない人生となるからです。
 また、そういう方がいなければ新薬の臨床研究ができないので、医学の進歩にも寄与していることになります。

 一方、訪れる死を受け入れて、残された時間は自分の人生を振り返ったり親しい人達とおだやかに過ごしたいと考える方にとっては、最期まで積極的治療を続けることがマイナスになります。
 ある時点で延命治療をあきらめて、苦痛緩和を最優先に行うべきです。
 この点は平岩医師も同意されると思います。

 (中略)

 本人に告知した場合は、本人の希望が何より優先されます。
 まず、がんセンターなど他の施設への紹介を希望されないかを確認しています。
 次に、化学療法などの積極的治療を希望されるかどうかを確認します。
 サンデープロジェクトでは、大腸癌の肝転移が治療で縮小した方や、膵臓癌にジェムザールが有効であった方が登場したそうです。
 大腸癌の肝転移に対しては、当院でも化学療法を受けられていて有効例もあります。
 しかし、膵臓癌の肝転移例というのは大腸癌の肝転移例に比べて化学療法が効きにくく、余命半年以内のことがほとんどです。
 本来主治医は何らかの積極的治療をしたいものなのですが、◯◯さんの場合は多数の肝転移を認め、自宅で過ごせる時間が残り少ないと判断したため、積極的治療を強くは勧められませんでした。
 もし入院して治療しそれが無効なら、みすみす在宅で過ごせる時間を費やしてしまうことになり、そうなる可能性が大きいと考えられたからです。
 平岩医師なら、それでも治療を勧めていたかもしれません。
 結局、◯◯さんご本人は、他施設への紹介も希望されず、積極的治療も希望されませんでした。

 予想通り、自宅では約1か月しか過ごせず入院されました。
 最初の判断が正しかったわけです。
 どの程度悪化したかを知るためにはCT等の検査が必要ですが、奥さんの反対もあり検査していません。
 悪化したCT写真を本人に見せたくないという意向でした。
 確かに、積極的延命治療はしないで苦痛緩和を最優先に行う方針であれば、CT等の検査は必須ではありません。
 積極的治療をするのであれば、きちんと検査して評価しなければなりません。
 抗がん剤のみならず、副作用防止にも高価な薬剤を使うことになりますので、極めて高額な医療になります。
 もっとも重要なことは、医師が自分の考えを押しつけるのではなく、本人と家族が方針を決定されることだと思います。
 すなわち、◯◯さん本人と、日々付き添われている奥さんの意向を最優先することが大切だと考えています。

 (中略)

 12月XX日の血液検査で、肝機能が悪化して黄疸が出てきました。
 転移性肝臓癌で黄疸が出てくると、余命は通常1か月以内です。
 今後急変されることも予想されます。
 近い将来別れの時がやってくるのは避けられませんので、できるだけ面会に来てあげて下さい。