2.家族が癌と言われたら
私は、医師となって17年間、様々な癌患者と家族の方々を見てきました。
数年間の闘病の後、「これまでありがとう。もう延命はしなくていいですから、少しでも楽に逝かせて下さい」と言われた男性患者さんもあれば、「私は生きたい。麻薬は末期癌に使う薬だから、私には使わないで」と最後まで死を受け入れられなかった女性患者さんもありました。
手術不能癌ですと家族に告げたところ、その日のうちにあっさりと本人に告知される家族もあれば、「絶対本人には知らせたくない。だから、抗癌剤治療もしないでくれ」と言われる家族もあります。
私は、今の日本においては、癌の告知が100%可能とは思っていません。
自分の癌を知りたくないという方がまだありますし、告知後の心のケア体制が十分でないからです。
でも今後は、可能な限り告知していくべきと考えています。
最近ではまず本人に告知することも多くなりました。
ただ手術不能癌の状態で受診された場合は、まず近親者の方に相談することも多いです。
その際、家族の方の反対で告知できないこともまだまだあります。
患者さんが80才以上の超高齢者であれば仕方ないこともありますが、患者さんが若い場合は告知すべきだと考えます。
数年前のことですが、告知しない派のある外科医がいました。
担当した術後再発癌の女性患者さんが、いよいよ死期が迫ってから癌と知ってしまい、その方は自殺してしまいました。
その外科医はその後ますます告知しなくなってしまいましたが、私はそれは誤りだと思います。
その患者さんは、それまで主治医や夫の言葉を信じ、自分を癌だと思っていなかったのでしょう。
主治医や夫にうそをつき続けられてきたことが分かり、信じられるもの頼れるものが何もなくなってしまって自殺されたのではないでしょうか。
告知しないと決めた場合には、最後までうそをつき通さなくてはなりません。
多くの癌患者は、告知されていなくても感づいているはずです。
告知していない患者さんが、いよいよ悪くなって、「もうすぐ命が終わる」旨の言葉を言われることも経験します。
告知を希望しない家族への配慮から、癌と気づいていないふりをしていることも多いのではないかと思います。
自分が癌で人生の残りが少ないと分かったら、そこで何もしない人はいないでしょう。
癌との闘病自体を生きがいにする人もあれば、これだけはやっておきたいという目標のある人もあるでしょう。
告知しなければ、患者さんの最後の希望をかなえさせてあげることができなくなります。
告知してあげて、その患者さんの悲しみをともに感じ、残りの人生を支えてあげる、その努力がまわりの人たちには必要なのではないでしょうか。
「自分が癌になったら知りたいが、近親者が癌になったら知らせたくない」というようなアンケート結果が過去のものになるとよいですね。
2000年も終わりに近づいた頃、ある末期癌患者の息子さんに私が渡した手紙の一部を公開します。
この時、私自身の体にすでに癌が存在しているとは知る由もなかったわけですが、自分が癌と分かってからも、考えは変わっていません。
むしろ、医師としてのこれまでの経験は、自分の癌を受け入れるための修行であったようにさえ思われます。