2)薬漬け医療

 現在の制度は、薬を処方しないと経営が成り立たない制度です。患者さんの健康相談にいくら時間を割いても無料です。

 日本では毒にも薬にもならないような薬剤が数多く使われ、医師も患者も喜んでいるという事実があります。医師は薬を処方して安心し、患者は薬をもらって安心します。
 たとえば私は、解熱鎮痛剤を服用する際に、胃粘膜保護剤(いわゆる胃薬)を一緒に飲んでいます。薬理作用的には意味のないことですが、今の日本では併用するのが常識なので、飲まないと何となく不安なのです。副作用はまずありえない薬なので、飲んで悪いことはなかろうという感覚です。私自身、薬漬け医療に洗脳されているといえるでしょう。

 近年、脳代謝改善剤という薬剤が発売中止に追い込まれました。さらに脳循環改善剤という薬剤も発売中止の流れのようです。
 これらの薬は主に脳梗塞後遺症の患者さんに投与されていたものです。
 私自身、発売以来その効果に疑問を抱きながらも、投与しないよりは投与した方がいいかもしれないという感覚で投与していた薬剤です。
 もちろん発売時には、有効だというデータが示されていたわけです。しかし、長く臨床医をしていれば、薬が効くか効かないか分かってきます。医師会病院に赴任した頃から、私は脳代謝改善剤を全く処方しなくなっていました。
 投薬を求める患者と、何か処方してあげないと気が済まない医師達の存在によって、医療費が高騰しているのです。
 まだまだ再評価して消えてもらうべき薬剤は多いと思います。

 私が医師になったばかりの頃、胃潰瘍にソルコセリルの注射というのがありました。
 研修医は、まずお互いに採血しあって針を刺す練習をすると、入院してきた胃潰瘍の患者さんに毎日ソルコセリルの注射をさせてもらって手技がうまくなっていくのでした。
 その頃は、外来でも胃潰瘍患者を毎日通院させてソルコセリルの注射をするのが一般的でした。
 胃潰瘍に著効を示すHブロッカーという薬剤が開発されてから、この注射は徐々にすたれていきました。
 現在でも、軽い脳梗塞の患者さんや慢性肝炎の患者さんを毎日通院させて何らかの薬剤を注射している診療所や病院があります。
 そもそも外来通院できる病状の脳梗塞や慢性肝炎の患者さんに、毎日注射する必要のある薬剤があるでしょうか。
 患者の立場に立って、毎日通院するための交通費や社会生活ができないことの損失を考えれば、医療者として慎むべき行為ではないかと思っています。
 毎日通院などさせないで、過労を避けて日常生活を送るよう指導すべきなのではないでしょうか。
 こんな医療をしているから出来高払い制度が批判され、いずれ包括医療が導入されて自分の首を絞めることになるのではないかと思います。

 薬漬け医療に洗脳された患者側にも問題があります。
 癌の末期などで死期が近づいた場合、点滴が多すぎると全身にむくみが生じて無惨な姿になることがあります。いよいよ臨終の時が近づいて、できるだけ自然な姿のままでいさせてあげたいと点滴を制限することがあります。そんな時、見舞いに訪れた親族の中には、「この病院は患者に何もしてくれていない。」と怒り出す方がいます。まさに、薬漬け医療に洗脳されているのです。

 軽い風邪で受診して、「風邪の注射をしてください。」という患者さんが、いまだに多いことに驚きます。これは医療費の大いなる無駄です。
 風邪(感冒)はウイルスによる病気で、治す薬はありません。
 ブドウ糖やビタミン剤の注射(ニンニク注射などと言われます)を受けると楽になったような気分はしますが、風邪が治るわけではありません。
 軽い風邪では受診しないようにすべきでしょう。3日たっても症状が良くならなければ受診してください。
 風邪をひいた時の一番の薬は休養です。
 仕事が休めないから、医者へ行って注射でもしてもらおうという気持ちになるのは分かりますが、そういう感覚を改めてほしいのです。1)
 風邪のウイルスを待合室でばらまいて、抵抗力の弱った他の患者さん達に風邪を移しているのだということを知って下さい。
 また、患者さんの待ち時間を長くして、3時間待ちの3分診療といわれる状況を作り出していることも知って下さい。
 患者は、待ち時間の短縮や医師の丁寧な説明を求めています。一方で、軽い風邪で受診することによって、それを患者自ら不可能な状況にしているのです。
 軽い風邪なら、スポーツドリンクとビタミンドリンクでも買い込んで、家でおとなしく寝ていようという感覚になってほしいものです。

 医療費の高騰を、ダムの渇水と比べてみてください。
 ダムの貯水率が下がって渇水になれば、流域の住民は節水意識にめざめ、大きな効果を生み出します。
 ところが、医療費が高騰してまさに健康保険制度というダムが干上がる危機に瀕しているというのに、医療費の無駄遣いをなくそうという運動は全く見られません。
 軽い風邪では受診を控えようという国民的キャンペーンが国を挙げて行われたなら、国民の医療に対する見方が変わってくるのではないかと思います。

 もし本当に国民が風邪で全く受診しなくなると、診療所や病院のなかには経営の成り立たなくなるところがあるかもしれません。これは、薬を処方しなければ利益が上がらない現在の制度に問題があるのです。
 現代社会にはストレスがあふれ、登校拒否やひきこもりなど様々な問題が出てきています。
 医師の役割は、単なる処方医から健康相談やカウンセリングのできる存在に移っていくべきではないかと感じています。
 薬の処方に頼らなくても経営が成り立つように制度を改革すべきではないでしょうか。
 現在の制度では、病院がカウンセラーを雇っても経営が成り立ちませんから、日本にはカウンセリングが根付いていきません。
 カウンセラーを雇用しても経営が成り立つように制度を改め、時代のニーズに応えるべきだと考えます。

 少し前になりますが、ある内科専門医の先生が「伝染性みのもんた病」と名付けられた病気 (?)が流行しました。
 お昼のテレビで、みのもんた氏が健康問題について話すと、思い当たる中年の女性達が不安になって受診するというものです。
 応対した医師は、話を聞いてあげて心配ないことを説明して帰すわけですが、忙しい診療時間を奪われて内心またかとうんざりすることもあるのです。
 しかし考え方を変えれば、このような健康相談でじっくり話を聞いてあげて、薬を処方しなくても経営が成り立つような制度に改革すべきではないかと思うのです。


注1)私も風邪で熱があると、勤務中に点滴してもらっていましたから大きなことは言えませんが、ここではあくまで一般論を述べているのです。