1)高齢者医療費

 現在の不況の中、国はさかんに国民医療費の高騰を宣伝していますが、先進国のなかでは日本の総医療費はまだまだ低レベルであることを知って下さい。
 しかしながら、確かに高齢者医療費の伸びは問題です。
 基本的に、高齢者医療も他の医療と同じように延命至上主義であることが誤りだと思います。
 助かることのない末期の高齢者に対して、「生命の尊厳」という御旗のもとに、高額医療が行われています。
 良くなって退院できる可能性があれば、治療に最善を尽くすのは当然です。
 病状が悪化してもはや助からない状態になり、医師の方から家族に「人工呼吸器を使うかどうか」と相談があった場合、その医師が人工呼吸器を使用した方が良いと思っているとは限りません。医師は自分の考え方とは無関係に、医師としての立場上、取りうる選択枝を説明しているのです。
 患者の家族があくまで延命を求めれば、医師は高額な延命医療を行うほかないのです。
 「出来る限りのことをしてください。」と人工呼吸器の使用を希望されると、医療費は極めて高額になります。そして多くの場合、患者さんは話すことも食べることもできないまま亡くなられるのです。
 「生命の尊厳」の名のもとに、「人間としての尊厳」が踏みにじられているように思われてなりません。
 患者の家族の態度が、医療費を決定していることを知って下さい。
 高齢者の方々の望みが、苦しみながらの延命とは思えません。人はいつか必ず死ぬのです。人生の最期を安らかな死で迎えることを最優先にした医療をめざす国民合意が必要ではないかと思うのですがいかがでしょうか。

 昭和天皇は、膵癌で亡くなられましたが、無謀な開腹手術の上に、懸命の延命治療が施されました。もし私の父親が同じ状態なら決して希望しなかったような治療です。
 昭和天皇は、延命至上主義の国民のまさに象徴として、最期まで苦しまれたように思われます。
 苦難の人生を送られた陛下の身を本当に案じるなら、国民は、ご高齢の陛下の安らかな崩御を望むべきではなかったでしょうか。

 末期医療ではない、もっと身近な例を示しましょう。
 コレステロールや中性脂肪を下げる薬は、心筋梗塞などの動脈硬化性疾患の予防に使われる薬です。
 本来は、働き盛りの糖尿病患者など、心筋梗塞のハイリスク患者の方に使われるべき薬です。
 ところが、日本ではその多くが、閉経後の高齢女性に処方されています。
 高齢者では、ある程度の動脈硬化は自然の老化現象です。閉経後の女性ではコレステロール値が上昇するのも自然なことです。
 高脂血症の診断治療基準など、数多くの病気の診断基準を厳密に当てはめたなら、国民の何割もの人々が薬を服用しなければならないことになるでしょう。
 高齢者に若年者と同じ診断基準を当てはめて投薬することが医学的に意味を持つかどうか、まだ結論は得られていません。
 副作用のリスクを考えれば、高齢者には投与しない方がよいかもしれません。
 ひとつだけ確実なことは、このような医療が医療費を高騰させているということです。

 高齢者の医療は、若年者とは別の視点で行われるべきではないでしょうか。
 だからといって、現在の出来高払い制度1)をすべて包括医療制度2)に変えてしまうことは、医療レベルの低下につながりかねません。
 高齢者自身が「自然に老いる」ということを受け入れて3)、無駄な投薬を許さない姿勢が必要でしょう。
 そのためには、高齢者自身が医療費を定率負担することで、医療に対する厳しい目が養われるのではないかと考えます。
 定率負担すれば、外来がサロン化4)したり、処方された薬を飲まないで大量に貯めていたりというような無駄もなくなると思います。
 (高齢者の定率負担は医師会の主張に反しており、異論は多々あるでしょう。医師会の先生方、ごめんなさい。)


注1)出来高払い制度;検査しただけ、投薬しただけ、上限なく保険請求できる制度。充分な検査や治療ができるが、過剰投薬に陥りやすく、医療費は高額になります。

注2)包括医療制度(まるめ医療);医療費が定額で定められ、検査や投薬をしない方が医療機関の利益になる制度。すでに入院医療では一部導入されており、今後拡大が予想されます。医療費は抑制されるが、患者さんへの医療サービスが低下するのは避けられません。

注3)自然に老いる;端的に言えば、75歳過ぎたら検診目的でのコレステロール値の測定をやめようということです。コレステロール値が高いと、さあ食餌療法だ薬物療法だということになります。私の両親は75歳を越えています。私は両親に対して、カロリー摂取過多(つまり食べ過ぎ)だけはしないよう言いますが、それ以外のことは言いません。これまで長年慣れ親しんだ嗜好を変えることなく、何でも好きなものを食べて、何でも好きなことをして、余生を送ってほしいと思っています。それが自然なことではないでしょうか。

注4)外来のサロン化;高齢者医療が無料の時代、外来の待合室に高齢者があふれかえった現象。「○○さんは今日は来ていないね。体調でも悪いのだろうか。」という笑い話のような会話が、実際によく聞かれました。