3)必要な薬が使えない

 保険診療では、健康保険を使わない自由診療を併用する混合診療が禁止されています。
 また、保険診療では、薬剤に適応症という使える疾患が定められていて、適応症以外に使ってはいけません。
 このことから、さまざまな矛盾が生じています。

 例として、抗リウマチ薬のメソトレキセートを挙げましょう。
 慢性関節リウマチという疾患は、免疫の病気です。治す方法がなく、生活の質(quality of life)を最優先に治療するという点では末期癌と同じです。
 抗リウマチ薬は、強い薬が多く、また長期間使用するものなので、患者さんは薬の副作用に苦しまれることも多いです。
 メソトレキセートは、もともと抗癌剤として開発された薬ですが、免疫抑制作用があり、欧米では以前から抗リウマチ薬として有用性が確立しています。
 安い薬で、週1回使うだけでよく、切れ味もよいので、リウマチ治療に欠かせない薬といえます。
 しかし、日本では、長い間抗リウマチ薬としての適応が得られませんでした。
 新たな適応症の認可を得るためには、製薬会社は治験というものを行って、そのデータを国に提出しなければなりません。安い薬の場合、そんなことをすれば赤字になるだけなので、製薬会社は動きません。
 日本では長い間、リウマチ治療医が、患者さんのために、保険適応外であることを知りながらメソトレキセートを処方していたのです。
 メソトレキセートでは、まれに致死的な副作用を生じることがあります。
 メソトレキセートの副作用でリウマチ患者が亡くなられた場合、遺族から医師が訴えられることがありました。保険適応外の薬を使ったという点で、医師はまるで悪徳医師であるかのような責めを負うのです。
 もし保身のためにメソトレキセートを一切使わないリウマチ治療医がいたら、それこそ医の倫理に反する行為でしょう。法律と医の倫理が対立する例です。

 1999年、メソトレキセートはリウマトレックスという名前で抗リウマチ薬として認可され、新たに発売されました。
 製薬会社の利益を守るために、全く同じ薬が高い薬として登場し、医師もリウマチ患者もやっと安心してメソトレキセートを使えるようになったのです。

 メソトレキセートのように、安いゆえに保険適応が進まない薬剤は、他にもあります。
 有用な薬でも、安くて採算が取れないために製造中止になる恐れのある薬剤もあります。
 製薬会社はあくまで企業ですから、その姿勢を一概に責めることはできません。医療制度に問題があるのです。

 ところで、「レセプト病名(保険病名)」というものをご存じでしょうか。
 それは、処方した薬が保険で認められるように、真実ではない病名をカルテに記載することです。
 建前上は、絶対に存在しないものです。私も公式に尋ねられたら、そんなことはしたことありませんと答えなければなりません。
 しかし、患者さんの命を守るためにどうしても必要な薬を処方するためには、レセプト病名が必要になるのです。混合診療が禁止されているためです。医の倫理と法律が相反するのです。

 もちろん世の中、良心的な医師や医療機関ばかりではありません。
 混合診療を認めれば、悪徳医師が金儲けをする温床になりかねません。
 混合診療禁止を貫くためには、本当に必要な薬をレセプト病名の必要なく処方できるように、国が積極的に適応症拡大を進めるべきだと考えます。
 いやいやそれでは不充分です。いっそのこと、適応症以外への処方を認めてはどうでしょうか?
 適応症以外の疾患については、医師が患者さんと個別に相談して、患者さんの同意を得た場合は投与できるようにすればどうでしょうか?
 適応外であっても、患者さんに必要性を説明して、納得の上で投与することが倫理上も正しいやり方だと考えます。
 それこそ、悪徳医師の金儲けの道具にされるですって?う〜ん、そうかもしれません。難しい問題ですね。


<あとがき>
 保険診療には、たくさんの問題があり、改革は避けられません。国民に痛みを伴う改革が必要かもしれません。ただし、その結果が社会的弱者ばかりをいじめるような結果にならないよう願っています。
 誰が医療費を負担するのか、あるいは社会的入院をなくして医療保険と介護保険の整合性をどう整えるのかなど、制度的な見直しは必須でしょう。
 ただ、それだけではなくて、本当に必要な時に時間をかけて診療してもらえる医療を実現するために、国民すべてが医療内容そのものを考えてみる必要がありはしないでしょうか。
 限られた医療資源を有効に使うために、無駄な医療を控える取り組みが必要な時代ではないでしょうか。
 この項では、現役医師が触れにくい問題に対して、自分への反省も込めて、あえて意見を書いてみました。
 私の意見がベストだとは思っていません。だれか名案はありませんかね。