5.保険診療について
このHPの掲示板に書き込んでくださった肺癌家族の方のなかに、「かかりつけ医がもっと早く肺癌を見つけてくれていたら」という気持ちを書かれた方が複数ありました。
家族としては当然のお気持ちでしょうが、保険診療という立場からは、それは不可能なことなのです。
保険診療というのは、患者さんが何らかの症状を訴えられた場合に限り、その症状から疑われる疾患の検査を行うことが許されています。
たとえば、C型慢性肝炎で通院されている患者さんの場合、肝臓癌が発生する恐れがありますから、定期的に腹部エコー検査などを行います。しかし、この患者さんに、「一年以上胸部のX線写真を撮影していませんから、肺癌検診を兼ねて撮影しましょう。」と医師から言うことは、本当は許されていないのです。
早期肺癌では症状の出ることがほとんどありませんから、かかりつけ医で見つかることは偶然以外にはないことになります。
肺癌の場合は、症状が出てからの発見では多くの場合治癒不能です。
実際の医療現場では、検診的な検査を勧める医師も多いので早期肺癌が見つかるわけですが、制度上は許されていません。やりすぎると検査過剰だということで、金儲け主義の悪徳医師にされかねません。
患者さんのなかには、制度を逆手にとって利用する強者もいます。
一年に一度は、「最近時々お腹が痛いのだが」と訴えて受診するのです。痛みというのは、客観的に評価することが不可能な症状です。癌年齢の方が腹痛を訴えれば、胃の検査や腹部エコーの検査などをすることになります。検査後に異常がないことを説明すると、「今年も異常なくて良かった。薬はいらない。ついでに胸の写真も撮ってくれませんか」と言われたりします。
こうして、検診では高額な費用のかかる検査を、保険診療で安くすませてしまうことができるのです。
もちろん、本来は人間ドックを受けるべきであることは言うまでもありません。
保険診療と早期癌発見は別の次元のものであることを知って下さい。
こんな話を読むと、保険診療に悪いイメージを抱かれたかもしれませんが、実は世界の中で日本の健康保険制度ほど成功している医療保険制度はないと言われています。最も成功した社会主義的制度と表現される方もいます。
ほとんどの国では、貧しい人は満足な医療を受けられません。米国でも、受けられる医療は貧富の差によって歴然と違います。
一方、日本の国民皆保険制度のもとでは、貧富の差なく、同じレベルの医療が受けられます。お金持ちだからといって特別な医療を受けることはできません。このような平等な医療を実現している国は他にありません。
戦後50年以上が経過して、国のいろいろな制度が現状に合わなくなって改革が叫ばれています。
健康保険制度についても、さまざまな問題点が指摘されており、もはや抜本的な改革が必要と考えている人たちもいます。
しかし、もし現在の国民皆保険制度が破綻すれば、米国のように民間の医療保険が登場してくるでしょう。そうなれば、貧しい者は満足な医療を受けられない社会になってしまいます。
医療界側も患者側も、これまでの既得権益を守ろうとしていては、いずれ健康保険制度の破綻を招いてしまうでしょう。
日本の優れた制度を破綻から守るために、国民すべてが協力すべき時期に至ったと考えます。
現在の健康保険制度を維持するためには、抱えている問題点を解決する必要があります。
保険料の負担率など医療制度の枠組みについてはいろいろと意見が出されていますが、医療内容そのものについてはタブー視されて全く議論されていません。
次ページからは、現在の保険医療の問題点をいくつか挙げ、あえてタブーに挑戦してみたいと思います。