3.勤務医の専門情報公開運動を起こそう
私は元々血液内科医なので、まずその話から始めます。
血液疾患というと、急性白血病が有名ですが、この病気は一般病院では治療できません。
診断したら、すぐに専門施設に紹介するのが役目になります。
一方、多発性骨髄腫という高齢者に多い病気は、現在の医学では治癒させることができませんが、慢性の経過をたどるタイプが多いので、自宅近くの病院で治療することが望ましい病気です。
この病気の症例を挙げます。
軽い脳梗塞で脳外科に入院してきた患者さんです。
これまで近医で糖尿病を治療されていたため、内科依頼となりました。
検査成績を見ると、血沈が異常値で、軽い貧血があります。
これだけで、血液内科医の頭には多発性骨髄腫の診断名が浮かびます。
骨髄検査を行うと、やはり骨髄腫でした。
腰痛症として半年間開業医に通っていた患者さんです。
痛みがおさまらず、食欲もなくなってきたので、本州のある大学病院の整形外科を受診しましたが、骨粗鬆症と変形性脊椎症というありふれた診断で、地元の病院を受診するよう勧められました。
地元の病院の整形外科を受診すると、癌の多発骨転移を疑われて内科を紹介されました。
検査所見を見ると、年齢のわりに血中の総蛋白がやや高い値を示しています。
やはりこれだけで血液内科医には多発性骨髄腫の病名が浮かびます。
治療を開始すると、食欲不振はすぐに回復しました。
この2例から分かりますように、専門医とそうでない医師との違いは、同じ検査成績を目にしても、その病名が頭に浮かぶかどうかということです。
次に悔しい思いをした症例です。
全身の痛みを訴えて整形外科に入院された患者さんです。
多発性骨髄腫を疑われて、すぐに内科依頼となりました。
発熱、腎障害、高カルシウム血症、意識混濁があり、危険な状態でした。
家族に連絡を取ろうとしたのですが取れません。
救命のため、すぐに治療を開始しました。同時に抗癌剤治療も開始しました。
翌日、連絡の取れた家族に病状を説明しました。
数日後、カルシウム値が下がってひと安心した頃、大阪在住の息子さんが来院され、怒りはじめました。
そして、すぐに治療を中止して退院させろと言われるのです。
大阪の大きな病院に入院させるということなので、転院が決まるまで治療することを勧めましたが聞き入れられません。
やむなく宛先なしの紹介状に病状や治療内容を書いて渡しました。
それから約1か月後のことです。
近隣の市の総合病院の医師から電話が入りました。
なんと、患者さんはその病院に入院して精査を受けていたというのです。
癌の骨転移を疑っていろいろ検査したが原因が分からず。
骨髄検査をしたものの診断できる血液内科医がいないため外注検査に出したところ、多発性骨髄腫の診断で帰ってきたとのことです。
この時点で初めて家族が私の診断を打ち明けたのでした。
私が渡した紹介状は、息子さんの手で握りつぶされていたのです。
私は大変悔しい思いをすると同時に悲しくなりました。
結局のところ、病床数240床の小さな病院に勤務している医師の話は、全く信用されていなかったのです。
総合病院に入院させたくて、無理矢理退院させたのでしょう。
これは極端な例ですが、中小病院の医師というだけで信頼されず、悔しい思いをすることは珍しくありません。
2001年3月改正医療法が施行され、医師の年齢や出身大学など略歴は広告可能となりましたが、専門資格や得意とする分野の広告は日本医師会の反対で見送られました。
私は医師会にお世話になっている身ですが、この点だけは反旗を翻します。
医療機関や医師についての情報が不足しているため、患者さんは大きな不利益を被っています。
情報がないため、大きな病院や役職名の権威を頼るほかないのです。
勤務医に限ってでもいいですから、専門情報について知ることができるよう、もっと国民の側から運動があってもおかしくないと思うのですが、いかがでしょうか。
医療をめぐる問題は他にもたくさんありますが、日常の医療に直結した最も重要な問題だと私は思っています。