1.マスコミ報道に思う

 マスコミ報道は、国政選挙の行方を左右するほどの影響力を持っています。
 私が常日頃感じることは、新聞では各社の報道姿勢に独自性があるのに、テレビ報道ではなぜこれほど各局の内容が画一的なのかということです。
 おそらくテレビ報道には様々な足かせがあって、新聞ほどの自由度が許されていないのでしょう。
 しかし、報道内容が画一的であればあるほど実は危険です。

 医療に関する報道も、ひとつの問題が発生すると、どのテレビ局の論調も驚くほど同じで、まさに国民が洗脳されてしまいます。
 最近は医療事故や医療ミスの報道が多いのですが、日本の医療を良くしようという観点からの報道ではなく、いたずらに国民の医療不信を助長しているように思われてなりません。
 私の小学二年生の娘に「将来お医者さんになりたいかい?」と聞いたら、「お医者さんてミスするので信じられていないのでしょう」という答えが返ってきました。
 わずか8才の子供にこんな答えをさせるような報道が、日本の医師患者関係を良くしていくはずがありません。
 確かに医療界に問題点はあるでしょうし、医療事故をなくすための取り組みも重要です。
 しかし、報道の結果として医療不信のみを増大させるような、現在の報道姿勢は残念でなりません。

 過去の誤ったマスコミ報道の実例をあげましょう。
1.ワクチン問題
 ムンプス(おたふくかぜ)ワクチンの副反応で髄膜炎が発生したとき、マスコミは国民にワクチンへの恐怖心を植え付けてしまい、日本はワクチンの後進国になってしまいました。
 1994年に予防接種法が改正され、それまでの義務接種や集団接種がなくなってしまいました。
 現在、日本では、麻しん(はしか)が年間数万人も発生し、百人もの人が死亡しています。
 一方、アメリカやヨーロッパでは、一国の年間の発生者が百人以下となっていて、日本は国際的に非難の対象になりかねません。
 日本からの渡航者が、その国に麻しんウイルスを持ち込む可能性があるからです。
 ワクチン行政が他の先進国並に推進されていれば、こんな事態にはならなかったかもしれません。
 その原因の一端はマスコミ報道にあると思います。
 それでいて、1999年にインフルエンザが流行して多くの高齢者が死亡されると、マスコミは国のワクチン行政を非難しました。
 旧厚生省の役人は、きっと悔しい思いをしたに違いありませんが、薬害エイズ問題以来、国はリーダーシップをとれなくなっているようです。

2.ステロイド問題
 1990年にニュースステーションという高視聴率番組がアトピー性皮膚炎に対するステロイドの副作用キャンペーンを行った事例があります。
 この報道で、国民はステロイドの副作用を恐れるあまり適切な治療を受けなくなり、詐欺まがいの民間療法が横行しました。
 皮膚科学会がテレビ局に抗議したのですが、その答えは「報道は、その内容が真実かどうかは問題でなく、視聴者に情報を与えることだ」という趣旨の内容だったそうです。
 情報を与えることが使命なら、判断材料として必ず反論も伝えるべきでしょう。
 この10年間で、アトピー性皮膚炎の治療法も進歩しています。
 しかし、患者さんのステロイドに対する恐怖心はいまだに強いのが現状です。
 ニュースステーションでは、1999年にもダイオキシン問題で勇み足をしたことが記憶に新しいです。
 しかし、それでも私は今回の発病まで夜10時になると、NHKではなくニュースステーションを見ていました。
 久米宏さんの魅力はそれほど絶大です。

 医療従事者のほとんどは、まじめに医療に取り組んでいます。
 最近同じように非難されることの多い警察でも、現場の警察官のほとんどは、日々まじめに仕事に取り組んでおられることと思います。
 どんな職業の方も、多くの方は一生懸命がんばって生きているはずです。
 人間社会は、お互いの信頼関係で成り立っています。
 いたずらに不信感のみ募らせるような非建設的報道はやめてほしいものです。

 私は医師となって17年間になりますが、僻地の診療所に勤めた2年間を除くと、年末年始を休んだ記憶がほとんどありません。
 発病まで勤務していた病院に赴任して約8年間、病院に一度も行かない日は年間10日もなかったと思います。
 それでも病院では、私は楽な方でした。
 循環器内科や脳外科の医師達は、緊急入院が多く大変な日々を送っています。
 2000年の大晦日から2001年の元旦にかけて、私は2日連続当直をしていました。
 患者の突然の心停止や心不全患者の入院などで呼び出された循環器内科の先生は、正月返上(しかも特別な手当なし)で診療されていました。
 今回入院している国立病院でも、先生方はとても忙しそうです。

 献身的な医師や看護婦の姿は、国中に毎日あふれていると思います。
 ありふれているからニュースにならないのです。
 健康でおよそ患者という立場になったことのない方には、そのような姿が伝わりません。
 報道は、日本の社会、日本の将来をより良いものにしていこうという立場でお願いしたいと思います。