一般の方への癌入門・・・癌にもいろいろあります

 一般の方には、「癌」と聞くと、ひとつのイメージでとらえてしまう方が多いように思われます。しかし、「癌」にもいろいろあることを知っていただきたいと思います。

 体のどこかで「癌細胞」が発生しますと、癌細胞は分裂して増えていきます。そして、まわりへ発育していったり(直接浸潤といいます)、いずれリンパや血液の流れに乗って転移を起こしたりして命を奪ってしまいます。
 がん細胞が分裂する速さには、速いものからゆっくりしたものまでいろいろあります。
たとえば、高分化型腺癌というゆっくり発育する胃癌では、発生してから命取りの進行癌になるまでに10年かかるとされています。こういう癌ならば、年1回の内視鏡検診で発見されて命拾いすることができるでしょう。一方、分裂する速さがとても速い癌の場合は、毎年検診を受けていたのに、発見時には進行癌だったということもあり得るのです。
 高齢者の癌では、あえて手術しないで経過観察が得策と判断する場合もあります。その中には、進行がとても遅くて他病で亡くなられるまで癌と共存される方もあります。
 癌が発生した場所でいくら大きくなろうと、遠くへ転移を起こしていなければ、手術して取り除いてしまえばいいわけです。また、近くのリンパ節に転移していても、手術療法に放射線療法や化学療法など他の治療法を加えて工夫して治療する(これを集学的治療といいます)ことで治る癌もあります。
 一般的には、速く分裂する癌ほど遠くへ転移を生じるのも早いことが多く、悪性度の高い癌ということになります。

 早期癌と進行癌という表現はもうおなじみだと思います。
 早期癌といっても普遍の定義があるわけではなく、たとえば食道癌と胃癌では早期癌の定義が異なります。一般の方は、早期癌とは遠くへ転移している確率がほとんどなく、治せる段階の癌と考えられていいでしょう。
 早期癌の段階では、症状が出ることはまれですので、検診などで偶然発見される以外見つかりません。
 進行癌というのは、手術しても再発の恐れのある癌というふうに考えられていいでしょう。ただし、治療法の進歩によって、いまや進行癌も治る時代ですので、進行癌=助からない癌ではありません。

 癌を治すことができるかどうかの境目は、診断された時に、血液の流れに乗って遠くへ転移(遠隔転移といいます)しているかどうかにかかっていることが多いです。すなわち、癌が局所の病気でとどまっているうちは治すことが可能ですが、癌が遠隔転移して全身病になってしまうと治すことは困難になります。
 治すことができない場合、延命治療を行うことになりますが、この「延命」という言葉のイメージが悪いですね。延命至上主義で治療すれば、体力が損なわれて「生活の質」が犠牲になってしまうこともあります。
 治すことが困難な場合は、できるだけ癌と共存するための治療を行うと考えるべきでしょう。できるだけ発病までと同じ生活が可能になるような治療法が、満足度の高い治療法になります。

 「骨に転移している癌と言われて5年になるけど元気にされてますよ」という話を聞いても、それがたとえば前立腺癌の方であれば医師は驚きません。前立腺癌では、遠隔転移していても5年生存率が約30%あるからです。もし、それが非小細胞肺癌の方であれば驚いていいでしょう。統計的に5年生存率は0だからです。
 このように、癌といっても、どこに発生したどんなタイプの癌なのかによって、どのくらい早く命取りの状態になるのか(生命予後といいます)は全く違っているのです。
 治すことが困難な場合は、生命予後を見極めて、その方にとって最も満足度の高いと思われる治療法を勧めることが医師のつとめです。たとえば、子供の結婚式が3か月後に迫っている場合は、結婚式にできるだけいい状態で出席できるような治療法を希望されることが多いでしょう。

 一般の方にわかりやすく説明しようとしているのですが、ここまで読んで「癌にもいろいろあることだけは分かったけれど、かえって癌の治療については訳が分からなくなった」と言われる方もあるかもしれませんね。
 要するに、癌はその人だけの癌で、まったく同じ癌は存在しないということです。ですから治療法も、その人に合った治療法を考えるべきです。
 癌と診断されても約半数の方は治る時代です。癌と診断されたからといって、悲しみに打ちひしがれることはありません。
 一方、全身病になった癌は現在の医学では治すことが困難ですので、できるだけそれまで通りの生活をしながら癌と共存できる道を探るべきであると考えます。
 治すことを目標にがんばるべき癌なのか、共存の道を探すべき癌なのか、その判断を誤ると、その後の人生がつらい人生になってしまうかもしれません。