次に具体例を二つ挙げます。

 高齢女性が腹部精査で入院してきました。
 精査入院ですから、病名はまだ分かりません。
 主治医となった若い医師は、入院診療計画書の病名に「癌の疑いで精査」と書いて本人に渡しました。
 初対面のその高齢女性が、癌の疑いありと書かれてどんな気持ちになるのか、全く配慮できていません。

 今回はじめに入院したのが外科病棟だったので、ラパ胆1)の患者さんが同室に入院してきました。
 これまで全く病気など知らない方で、もちろん入院は初めてです。
 ICU担当の若いナースが術後の説明のため訪室してきました。
 麻酔からの覚醒を説明中に、話が変な方向へ行ってしまい、「麻酔から覚めないこともあります。死ぬことはないと思いますが、植物人間になることはあります。そうなったら訴えてもらってかまいません」などと言っています。
 患者さんがどんどん不安になるのが、隣で聞いていて分かりました。
 ナースが退室してから私がフォローしておきました。
 「最近は説明義務違反という医療訴訟が増えているので、どんなまれな事でも可能性のあることはすべて話さなければならないのですよ。麻酔事故などめったに起こるものではありませんから安心して下さい」
 そう言ってあげると、ずいぶん不安が薄らいだようでした。

 いずれも若い医療スタッフが未熟だった例です。
 どちらもうそはついていませんが、患者さんの心に対する配慮が欠けています。

 最近都会では、接遇改善と称し、医師や看護婦が患者さんを「さん」ではなく「様」付けで呼ぶようになっているとか。
 国民が求めているのは、そんなうわべだけの営業スマイルでしょうか。
 求められているのは、本当のことを、無用の不安を与えることなくどう伝えるかという医療スタッフの心と対話術ではないでしょうか。


注1)ラパ胆;腹腔鏡下胆嚢摘出術のこと。胆石や胆嚢腺筋症の手術法として一般的になっています。
      開腹手術に比べて、手術創が小さくて痛みが少なく、入院期間も短くてすみます。